「貴方は誰のものにもならないんですよね。」
貴方と二人きりになった時、私はそう呟いた。
精神視力
「猿野くん、今日はここまでにしよう。」
牛尾キャプテンのお宅での特訓が終わった。
猿野さんは、とても疲れていて、私はすぐ傍に駆け寄ろうとした。
すると、私が行く前に牛尾キャプテンが猿野さんの傍に着いた。
「お疲れ様。今日もよく頑張ったね。」
「はい…ありがとうございます。」
にっこりと笑うキャプテンに、猿野さんは疲れた身体を圧してキャプテンの顔を見上げました。
疲労のせいか、いつもより和らいだ笑み。
それを至近距離で見たキャプテンは、外見には出されなかったけれど、内心ではとても心を震わせてたのが私には良く分かりました。
「さあ、シャワーを浴びておいで。
今日もゆっくり休むんだよ。」
「はい〜〜。あ、灰。」
「さッむいぞ…猿野…。」
猿野さんは灰のように崩れ落ちるフリをして。
どんなに疲れていても笑わせようと頑張っているのですね。
そんな猿野さんをいとおしく見つめている私の視線に。
先に気づいたのは牛尾キャプテンでした。
「ああ、鳥居くん達も随分遅くまでいつもすまないね。
女性をあまり遅くに帰宅させるわけにはいかないから、先に帰ってもいいよ。
今車を用意させるから。」
キャプテンはにっこりと笑って、私たちに言いました。
その姿に、夜摩狐先輩や報道部の梅星先輩が感激します。
でも、私には分かっていました。
キャプテンは、私を猿野さんから遠ざけようとしていたのです。
キャプテンの一見優しげな瞳の奥に、明らかな感情が混ざっていたこと。
私には見逃せるはずもありませんでした。
『猿野くんは 渡さない』
それは強く牽制する眼。
でも一つ主将が気づいていないことがありました。
それは猿野さんの密やかな視線。
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アノヒトは、ずっと知っているんです。
私が猿野さんを好きなこと。
野球部の男性たちも…犬飼さんも、兎丸くんも、司馬さんも、子津さんも、辰羅川さんも。
虎鉄先輩も、猪里先輩も、牛尾主将も、蛇神先輩も、鹿目先輩も、皆。
猿野さんのことを恋愛対象としてみている事。
そして、好きだと彼が公言している私に、近づけさせないようにしている事。
表面では、猿野さんから私を守っているように見せていたのでしょうけれど。
本当は、猿野さんを私に奪わせまいとしている事。
何もかも、アノヒトは知っているんです。
そして、私の気持ちを知っていて、アノヒトは時々私を抱きしめる。
いつでも優しい、暖かい、蕩けそうな眼差しで。
期待させないで。
思うだけでは満足できなくなってしまう。
どんなに離されても、貴方を思うだけで幸せになれていたのに。
抱きしめられるたびに貴方をもっともっと好きになる。
貴方は、誰のものでもないのに。
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「オレが、誰のものにもならないって…。」
「私はそう、思います。
貴方は…誰のものにもならない。」
笑って、走って、叫んで、ただただのぼっていく。
そんなまぶしすぎる貴方は。
私を好きなわけじゃない。
だって、私は貴方につりあわない。
優しいから、好きなフリをしてくれるんでしょう?
それでもいいから。
誰のものにも、ならないでいて欲しい。
そう、これは私の願い。
「凪さん…オレが隠してること一番先に気づいたのに、意外と分かってないんすね。」
「!」
私は猿野さんの言葉に身体を凍りつかせる。
「何でオレが凪さんのこと好きだって思わないんすか?」
「…え?」
猿野さんの顔を驚いて見つめると…猿野さんは怒っていた。
そして憮然とした表情で、私の腕を引く。
「えっ…。」
気づくと、猿野さんの腕の中で。
キスされていた。
「ずっと凪さんが好きだって言い続けてるし、
他の奴らじゃなくて、凪さんだけにこーゆー愛情表現しまくってるのに。
何で分かってくれないんすか?」
猿野さんの言葉は、私に叩きつけるように強く、でも言葉の強さと裏腹に酷く甘く私の中にしみこんでいった。
「オレは、凪さんのことが好きです。」
「私も…大好きです。」
嬉しくて
「やっと言ってくれた。」
眩しくて仕方ないです。
だから、今まで見えてなかったんですね。
貴方の愛情は 眩しくて 見えなかったから。
「オレは、凪さんのものですよ?」
end